INBOUND 2017特集
『中小企業、スタートアップ企業が成功するために必要なこと』

HubSpot社の共同創業者のひとり、Brian Halligan氏は2006年にHubSpot社を創業して以来、「インバウンドマーケティング」を提唱し、その普及に努めてきた人物である。「インバウンドマーケティング」とは、有益なコンテンツを通して、商品・サービスの購入につなげるユーザ主導のマーケティング手法で、「コンテンツマーケティング」と似通った考え方である(※)。同社は、社名と同名のクラウド型マーケティングソフトウェア(マーケティングオートメーション)、「HubSpot Marketing」を開発し世界中で販売。また、現在では、HubSpot Sales、HubSpot CRM Freeなどを開発し、製品ラインアップの拡充を行なっている。創業当初に10数名であった従業員は、10余年で1800名以上に増加(2017年9月現在)。ソフトウェアは、90か国以上の主に中小企業34,000社以上に採用されるに至り、現在、世界で最も人気のあるマーケティングオートメーションの一つとなっている。

Halligan氏は、HubSpot社がなぜこれほどまでに大きく成長できたのかについて、かつての自分もそうであった中小企業やスタートアップ企業で働く参加者達に向けて語った。

HubSpot社の共同創業者、Brian Halligan氏。同社の成功要因を分析し説明した

中小企業やスタートアップ企業が成長するためには、3つの筋肉群が不可欠

スタートアップ企業の成長曲線。「PHASE 3」の「スケールアップ段階」に到達できるのは全体の5%しかないという

Halligan氏は冒頭、HubSpotを創業した10年前と2017年の現在について、IT企業を設立し経営していくために必要な会社の登記費用、オフィス賃料、サーバーレンタル料などの固定費を比較。法律改正やITの進歩・普及により、約200分の1までにコストが下がっており、起業するハードルはかつてないほど低くなっていると説明した。一方で、起業する企業数が増加したこともあり、競争が激化。上図、成長曲線の「スケールアップ段階(PHASE 3)」に到達できる会社は、全体のわずか5%ほどだと述べた。そんな厳しい競争環境の中、HubSpotがここまでたどり着けた要因は、次の「3つの筋肉群」で説明できるという。

  • 「マネジメント」筋肉群
  • 「人材採用」筋肉群
  • 「顧客体験」筋肉群

「マネジメント」筋肉群:
判断軸を『Yes』から『No』に転換することがマネジメントの本質

「マネジメント」筋肉群

Halligan氏は、創業から数年のスタートアップ段階(PHASE 1~2)では、ビジネス上の多くの判断に対して基本的に「Yes」、つまりゴーサインを出してきたと語った。しかしそれは、スピードを重視するスタートアップ段階に必要なことである反面、結果的に多くの無駄や浪費も生んできたと振り返る。『死に絶える会社の原因の多くは、「飢え」でなく「食べ過ぎ」にある』という言葉を紹介し、ビジネスをスケールアップ段階(PHASE 3)に乗せるためには、ダイエット、つまり合理化や効率化のために「No」という判断を数多くしていくことが大切になってくると述べた。

合理化や効率化を進めると同時に、会社の指針を文書化し公開することも重要で、HubSpotでは「MSPOT(クリックすると英語のオリジナルソースにジャンプします) 」というかたちで年次目標を立て、全従業員に公開している。このなかでも、「O」が意味する「Omission(省略事項)」が特に重要で、何に資金を投じないかをあえて明示することで効率化をはかっているという。

HubSpot社の指針を文書化した「MSPOT」。2016年1月にHalligan氏が発案して以来、社内外から大きな反響を得た

会社をスケールアップ段階にシフトさせるためには、組織としての考え方を変えなくてはならない。スタートアップ段階では、部署ごとの意向を重視しがちだが、それを会社全体の意向に沿うかたちに変えない限りスケールアップは望めないと氏は説明する。

「人材雇用」筋肉群:何よりも大切なのは、企業としての『ミッション』

「人材雇用」筋肉群

HubSpot社は現在、1800名もの従業員を抱えているが、ビジネスをここまで大きくすることができたのは優秀な従業員の採用に成功したことが大きい。こうして人数が増えていく時に重要になるのが、自社の企業カルチャーを定義し、育て、共有することだとHalligan氏は説く。HubSpot社の場合は、自社の企業カルチャーが、ソフトウェア会社らしい表現で「カルチャーコード(クリックすると英語のオリジナルソースにジャンプします)」としてまとめられている。この「カルチャーコード」はSlideShare上に公開されており、累計300万回も閲覧されている。(2017年10月現在)

「人材雇用」筋肉群において最も大切なのは、企業として明確なミッションを掲げることであるとHalligan氏は続ける。今日において、従業員はある種の強制力で動くものではなく、会社の掲げるミッションに共感して動くものだからだ。HubSpot社 は、ビジネスとは財布の大きさでなく知恵や工夫で勝負すべきであると考え、「インターネットを活用してスタートアップ企業をはじめとする中小企業を支援する」ということを創業以来、ミッションとして掲げてきた。当初、投資家たちからは収益性を確保するため、大企業をターゲットにすべきだと反対されたが、そのミッションを貫き通し、今では1800人の従業員がそれに共感しながら毎日働いている。以下の言葉がHubSpot社の今の状況をよく言いあらわしている:

『ミッションに共感しながらハードワークしている従業員はミッションのことを「情熱」と言い、そうでない人は「ストレス」と言う』

「顧客体験」筋肉群:
顧客に「喜び」を与えることこそが成功のために最重要

「顧客体験」筋肉群

Halligan氏はHubSpot社の成功要因の3つ目「顧客体験」筋肉群について、これを実践できるようになってはじめて会社をスケールアップ段階に引き上げることができたと振り返る。顧客体験という視点でみると、企業の提供する製品・サービスは3つの成長過程を踏む:

  • 第1段階 最低限、生存可能なレベル
  • 第2段階 市場ニーズへの適合に成功したレベル
  • 第3段階 顧客に「喜び」を与えられるレベル

上記の第2段階と第3段階は全く違うとHalligan氏は強調する。第3段階で「喜び」を与えられた顧客は、収益をもたらしてくれるだけではなく、自社の製品・サービスについてのフィードバックを進んでしてくれるようになるだ。この顧客からのフィードバックは自社のマーケティングチームよりもずっと優れた情報源となる。実際にHubSpot社は、顧客から得たフィードバックを元に製品の改良や開発に取り組み、飛躍的な成長を遂げることができたという。

Halligan氏は、それぞれの市場で、「破壊者」と称されるほど圧倒的な地位を築いているNetflix、Apple、Uberの3社を例に挙げながら、「顧客体験」における重要ポイントを説明した。

Netflix、Apple、Uberに見られる「顧客体験」の特徴

まず第一に、3社は、製品・サービスそのものよりもむしろ、「売り方」に重きを置いているという。今日のように、技術の進歩が著しく速い状況においては、いくら技術力が高い製品であっても、すぐに他の製品に置きかえられてしまう。しかしながら、すばらしい顧客体験に根差したサービスというのは置き換えられにくい。

2つ目の共通点は、「接客」の質を比較的軽いものにしている点であると指摘。残念ながら現在では、生身の人間による手厚いサービスよりも、自動化された気軽なサービスのほうが支持されるとした。

3つ目は、「クチコミ」を最大限に活用していることだ。見込み客にとっては、セールスパーソンの営業トークよりも実際に製品・サービスを使った人、つまり顧客の生の声のほうが10倍も効果を発揮するという。

Halligan氏は、HubSpot社が現在取り組んでいる製品やサービス開発もまさしくこの3点に集約されると述べ、「顧客体験」筋肉群の重要さを強調し話を締めくくった。

当編集部が「INBOUND」に参加するのは、昨年に続いて今回で2回目となる。昨年の「INBOUND 2016」の基調講演(クリックすると当編集部の記事にジャンプします)で、Halligan氏は「顧客の変化」について話したが、今年はそれとは逆の視点、つまり「HubSpot社の変化(成長)」をテーマとした。成功しているHubSpot社が重要視している、①マネジメント、②人材雇用、③顧客体験という3つの視座は大変参考になったし、「カルチャーコード」や「MSPOT」という独自の可視化の仕方も印象的であった。 Halligan氏が、企業が掲げるミッションの重要性について繰り返し言及していたことも印象深い。なるほどHubSpotのソフトウェアとしての進化を見るに「中小企業をインターネットテクノロジーで支援する」という同社のミッションは、創業以来ブレを感じさせない。コンテンツマーケティングを実践するための有効なツールとして、今後も当編集部で事例や機能の詳細などを紹介していく。

※:インバウンドマーケティングとコンテンツマーケティングの定義の違いは議論の余地があるが、ここではほぼ同義のものとし、以降では「コンテンツマーケティング」で統一して記述する。

執筆/翻訳:田所浩之(日本SPセンター)

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