【マーテック2019】マーケティングテクノロジーに振り回されないために

先日カリフォルニア州のサンノゼで開催されたマーケティングテクノロジーイベント「MarTech」に参加してきた。

マーケティングテクノロジーに関するイベントというと、各種のツール紹介がメインの内容だとイメージしがちだがそうではない。

中心になるのは、ツールというハード面ではなく、それらを使いこなすためのノウハウや組織体制といったソフト面のトピックだ。

広告関連やCMS、マーケティングオートメーション、アナリティクスなど、今や全貌を把握することが困難なほどに膨れ上がってしまったマーケティングテクノロジーのラインナップ。

それらを使って成果を出さなくてはならないデジタルマーケターの切実な課題感としては、What(どんなツールがあるのか?)よりも、How(いかに適切なツールを選ぶか?・使いこなすためにはどうするべきか?)やWhy(なぜそのツールが必要なのか?)に関するノウハウや考え方のほうが大きいようだ。

爆発的に増えるツールに目移りするのではなく、いかに組織として足元を固めるか、という必死さが今年の各セッションから伝わってきた。

(地に足がついたツール選定のために心を整えるという名目で、マインドフルネスのセッションまであった)。

マーケティングテクノロジーの数がどれだけ多いかは、毎年のMarTechで発表される恒例の「Marketing Technology Landscape」(通称カオスマップ)を見れば一目瞭然だ。

カオスマップは、直近のマーケティングテクノロジーの数々を分野別にまとめたシートだが、もはや閲覧するには虫眼鏡が必要なくらい個々のロゴがひしめき合っている。

「筋の良いソリューションは、大手企業に買収されるから、最終的にマーテックの数は集約されていくはずだ」と予測する向きが以前はあったが、そうはなっていないのが現状だ。

実際にAdobeによるMarketoの買収をはじめ、統合化に向けた動きもあるものの、それを上回る勢いで新しいベンダーが登場しているということのようだ。

マーテックを使いこなす2つの型

ご存じの方も多いかもしれないが、こうした無数のマーケティングテクノロジーから、いかに適切なソリューションを選び取るか、という考え方の枠組みが「Suites」と「Best-of-Breed」だ。

「Suites」は、CMSやアナリティクス、広告配信など、デジタルマーケティングに必要な機能を一元的に備えた統合プラットフォームを指す。

「Adobe Marketing Cloud」や「Oracle Marketing Cloud」など、大手企業によるソリューションが中心の分野になる。

一方「Best-of-Breed」は、自社のマーケティング目標や課題、運用体制、費用などを考慮しながら、各分野のツールを個別に選び取っていくスタイルだ。

「Suites」が既製服を買うイメージに比較的近いとしたら、「Best-of-Breed」は自分の体形や好みに合わせたオーダーメイドと言えるだろう。

「Suites」と「Best-of-Breed」のイメージ図

基本的にMarTechは、マーケティングテクノロジーのポートフォリオ(スタック)を各社が披露する「Marketing Stack Awards」を主催するなど、「Best-of-Breed」を推す雰囲気が強い。

確かに自社のニーズやスキル、予算などを考慮して、ジャンルごとに適切なツール群を選ぶことができれば、非常に効果は高いだろう。

しかし当然ながらそれには相応の知見が必要になる。

単に好みのツールを揃えただけでは、

「ツール同士のデータ連携がないため、適切な分析がしづらい」
「一連の施策の中で多数のツールを開かなくてはいけないため作業が非効率」

といった問題が起きがちなため、苦戦する企業も多いようだ。

米リサーチ企業のAscend2によると、「マーケティングテクノロジーで成功するにあたって最大の障壁は?」という問いに対して、最も多かった回答が「異なるシステムを連携させて活用すること」(52%)だった。

個々のツールを統合的に使いこなすには?

それでは異なるツールを適切に連携させるとは、どういった状態を指すのか?

MarTechを主催するスコット・ブリンカー氏は、要件として次の4つを挙げている

  • レベル1.異なるツール同士でのデータ連携
  • レベル2.異なるツール同士でのワークフロー連携
  • レベル3.異なるツール同士でのUI/UXの共通化
  • レベル4.異なるツール群を組織として使いこなすためのガバナンス

レベル1のデータ連携は、ツールの統合性を極める上で最も基本的なレイヤーにあたる。

たとえばGoogleアナリティクスと広告配信ツールを連携させることで、サイト内行動データを元にした広告最適化を実施するといった施策は、典型的なデータ連携の一つだろう。

大多数のマーケティングツールは、まだこうしたデータ連携レベルにとどまるとブリンカー氏は指摘する。

ただここ1年ほどでワークフローやUI/UX連携まで踏み込むツールも増えてきた。

一例がGoogleとDropboxの提携だ。

GoogleドキュメントやスプレッドシートなどのG Suiteで編集したファイルを直接Dropboxに保存できる機能は、ワークフローの連携に該当するだろう。

UI/UX連携にまで踏み込んだ例としては、Dropbox内でGoogleドキュメントを編集できる機能が挙げられる。

またairstackZapierのように、異なるツール間でのワークフローやUI/UXレベルでの連携をサポートするアプリケーションも多数出てきている。

4つ目のGovernanceは、組織内でツール群を使いこなすためのルール作りやコンプライアンスの取り組みを指す。

この領域のトピックとしては、今年登壇したニューヨーク・タイムズのPamela Della Motta氏によるセッションが印象的だった。

老舗の新聞社ながら、数年前に紙の購読数からウェブでのサブスクリプション重視に舵を切った同社は、積極的にデジタルマーケティングに取り組んでいる。

しかしそれに必要なデジタルマーケティングツールを使いこなすにあたっては、課題が山積していたという。

マーケターのスキル不足や、裏で支えるエンジニアとのコミュニケーションの断絶といった具合だ。

そんな同社の中でマーケティングテクノロジー担当ディレクターという、日本ではあまり馴染みがない役職に就いたDella Motta氏。彼女の役割は、組織としてツール群を使いこなすためのルール決めやトレーニングの実施、マーケティング部門とエンジニア部門の橋渡しなど多岐にわたる。

マーケティングとテクノロジーの知見だけでなく、組織を横断できる高いコミュニケーション能力も求められる役職だ。

彼女は取り組みの一例として、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)を導入した際のエピソードを紹介していた。

CDPによって一元的に管理した顧客データを元に広告配信の最適化を狙ったものの、実際に活用したマーケターたちからは「あまり効果がない」という声が挙がってしまったという。

個々のメンバーが好き勝手に広告のターゲティングを設定してしまったため、的外れな設定が増えたことが原因とみたDella Motta氏は、CDPによる広告ターゲティングの設定権限を一部のマーケターに絞った。

このようにツール権限の集中化と分散化のメリハリをつけることが、組織としてツールを使いこなすポイントの一つだという。

Della Motta氏の話を聞いていると、いくつものスキルセットを横断的に兼ね備えたスーパーマーケターのように見えるが、どんな経歴を積んできたのだろうと思い彼女のLinkedInアカウントを開いてみた。

やはりニューヨーク・タイムズ入社前に、ソフトウェアベンダーでのマーケティング職というテクノロジー色の濃い経歴がみられた。

さらにもう一つのポイントとしては、2013年にニューヨーク・タイムズに入社してから5年間はマーケティング職に注力し、その後にマーケティングテクノロジーを組織に定着させる現職に就いたという点ではないだろうか。

つまり企業全体にテクノロジーを定着させるためには、組織や個々のスタッフの性格を肌で理解した上での地道なコミュニケーションが必要になる。いくら優秀な人材でも、入社して早々にそうした役割を果たすことは難しそうだ。

ちなみにDella Motta氏のように、マーケティングテクノロジーを組織に定着させる役割を担う人材によるセッションは、過去にいくつか参加したことがあるが、比較的女性のスピーカーが多いことが印象的だった。

やはり部門横断的な高いコミュニケーション能力が求められることも関係しているのかもしれない。

数あるマーケティングテクノロジーを統合的に使いこなすための4つの要件(データ連携・ワークフロー連携・UI/UXの共通化・ガバナンス)を紹介してきた。

日本でも具体的なツールに関するハード情報だけでなく、使いこなしノウハウを含むソフト面での議論をさらに活発にさせる必要性を感じた。

日々移り変わるマーケティングテクノロジーに振り回されないためにも、常にこうした原則に立ち返りながら軌道修正する習慣が必要だろう。

執筆:三友直樹(コンテンツマーケティングラボ編集長)

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