Joe Pulizzi氏日本初講演レポート、コンテンツマーケティングの未来

オハイオ州と日本は実は深い関係がある?

2017年2月15日、東京ビッグサイトで開催されたマーケティング・テクノジーフェア2017。ここで同時開催されたコンテンツマーケティングジャパンの特別講演に、コンテンツマーケティングの第一人者であるJoe Pulizzi氏が登壇した。スカイプ中継ではあるが、これが日本における同氏の始めての講演となる。

「Good Morning、オハヨーエブリワン、実は日本語のオハヨーと私のいるオハイオ州とは関係があるとか…」という冗談で始まったが、朝早いせいか、誰も冗談と気付かないまま講演は静かにスタートした。

1990年代には企業がメッセージを伝達する手段は8つしかなかったが、今やその手段は何百と増えている。そんな情報過多の状況においては、誰も企業のメッセージなんか見ていない、聞いていないというのが、コンテンツマーケティングが必要とされ始めた背景だ。

その結果、多くの企業がコンテンツマーケティングを取り入れ、オーストラリアでは82%の企業がコンテンツマーケティングを取り入れているという。しかし、成功している企業はそれほど多くない。グローバルでの成功率は約30%といったところだ。この数字は決して誇れるものではない。

失敗の原因としては、「キャンペーン型で展開している」、「自社の事や自社の製品のことだけを話している」、「明確なゴールがない」、「戦略がない」といった点が挙げられる。どれもコンテンツマーケティングの基本を逸脱したものだ。

コンテンツマーケティング成功のための6ステップ

失敗の原因に共通項があるように、成功している企業にも共通項がある。成功している企業の成功要因をリバースエンジニアリングしてみると、共通した6つのステップが浮かび上がってきた。それが以下に紹介するContent Inc.モデルだ。

  1. Sweet Spot

    Sweet Spotとは、自社がノウハウを持っている領域と、お客様の悩み事やお客様が抱える問題が交差する領域のことだ。この領域が、企業が提供すべきコンテンツテーマの源泉となる。Sweet Spotの事例としてJoe氏は農機具メーカーJohn Deere社の雑誌「The Furrow」を取り上げた。この雑誌には自社製品のセールスメッセージは掲載されていない。John Deere社が持っている農業に関する知見が掲載されている。もちろんそれらは、John Deere社がターゲットとする小規模な農家が必要とする生産性向上のための情報や、日々の農作業での困りごとを解決するための情報というSweet Spotを捉えている。

  2. Content Tilt

    次のステップはContent Tilt。この作業はコンテンツマーケティングを成功させる上で最も重要なプロセスになる。Tiltという言葉には2つの意味がある。一つ目は傾けるという意味だ。光をプリズムに通すと光の進路が傾くことで虹が現れるように、物事を少し違った視点で見直すと全く別の姿が現れることがある。もう一つの意味は、槍などで突くという意味だ。つまり、Content Tiltとは、ライバルとは違う視点で、しかもニッチな領域を突くということを意味する。

    Joe氏はContent Tiltの成功例として、シドニーに住む主婦Ann Reardonさんの「How to Cook That」というお菓子作りの情報サイトを紹介した。2012年に動画をYouTubeにアップロードし始めた当初のチャンネル登録者数は、約100人ほどであったが、2016年4月には250万人にまでに増加している。(2017年2月現在では300万人以上。)ご存じのように、お菓子作りの情報サイトは無数にある。この厳しい状況の中で彼女が勝ち抜いてきたのはContent Tiltを実現したからに他ならない。具体的には、そんな大きなお菓子をどうやって作ったのと驚いてしまうような、5ポンド(約2.3キロ)もある巨大なスニッカーズや、カットするとインスタグラムのロゴが現れる不思議なケーキなどだ。彼女の場合のContent Tiltは、非現実的なお菓子だったわけだ。

    こういったContent Tiltを継続していくためには、ミッションステートメントを明文化しておくことも重要だとJoe氏は続けた。ハンダ材料の開発製造を行っているIndium社は、技術者向けにハンダ付に特化した情報を送り続けることをミッションステートメントにしている。マネージャーやCFO向けではなく技術者向けと明確に定義しているところがポイントになる。Digital Photography Schoolというデジカメの撮り方に特化した情報サイトは、一段階上の写真が取れるようになるコツを提供し続けることをミッションステートメントとし、これを公開している。こういった明確なミッションステートメントを定義しておくことは、ぶれないコンテンツマーケティングの運営のために重要なことだ。

  3. Building the Base

    3つ目のステップは基盤を構築することだ。基盤とはコンテンツの種類、メインプラットフォーム、一貫したコンテンツ配信スケジュール、長期計画の4つの要素から成り立つ。まずコンテンツの種類であるが、これは文字通りブログなのかニュースレターなのか等、コンテンツの種類を決めることを意味する。まずは1種類でスモールスタートすることが重要だ。2つ目のメインプラットフォームとは、ウェブサイトなのかSNSなのか等、配信チャネルを決めることを意味する。3つ目の一貫した配信スケジュールとは、毎日なのか、毎週金曜日なのかという配信日時を決めることを意味する。気が向いたら配信するというのではなく、一貫した日時で配信することが重要になる。最後の長期計画であるが、これは長期視点でコンテンツマーケティングを運営することを意味する。コンテンツマーケティングは成果がでるまで1年以上かかるマラソンレースになる。途中でやめないためにも、長期視点を組織として共有しておくことが重要だ。

  4. Harvesting Audience

    Harvesting Audienceとは、例えは良くないが、購読者の種をまき、購読者を育て収穫する一連のプロセスを意味する。自社の提供するコンテンツの購読者を獲得し収穫するためにはEメールや紙媒体、SNSなど様々な手法があるが、特にSNSには注意が必要だ。SNSを通して獲得した購読者はコントロールが難しいということを理解して利用する必要がある。

    例えばFacebookが良い例であるが、アルゴリズム変更の影響により、今や獲得したファンにメッセージを伝達できる確率が1%以下になっている。この意味ではEメールによるニュースレター購読者はメッセージの伝達率を自社で100%コントロールできる確かな基盤であると言える。購読者を獲得するチャネルには階層があり、初期段階ではSNSを利用するにしても長期的にはEメール経由の購読者を獲得する施策が重要になってくる。

    Joe氏は、Eメールの購読者を獲得することがますます重要になってきている具体例としてBuzzFeedを挙げた。BuzzFeedはFacebookを基盤として大きく成長した情報サイトであるが、今やEメールによるニュースレター購読者獲得に力を入れている。ちなみにJoe氏が創設したコンテンツマーケティングインスティチュートもニュースレターの購読者数をKPIにしている。ニュースレター購読者を獲得するコツは、ニュースレターの質を上げることと、Eブックやレポートなど特典を提供することだという。

  5. Diversification

    ある程度購読者数を獲得できたならば、次にすべきことはコンテンツを多角展開することだ。ブログだけでコンテンツを配信していた場合、例えばニュースレターやポッドキャストでコンテンツを配信することを意味する。多角化すれば、より幅広い層にリーチできるようになるという明確なメリットももちろんあるが、実はこの後のステップであるマネタイズのための情報を得ることができるという隠れたメリットもある。

    コンテンツマーケティングに成功している企業に共通することだが、コンテンツの多角展開後、3つのフォーマットが特にエンゲージメントが高くなることが多いという。コンテンツマーケティングインスティチュートの場合、紙媒体のCCOマガジン、ウィークリーニュースレター、ブログの3つがロイヤルティーの高い購読者と高い相関関係にあるため、この3つの購読者には売り込みをするなどの指標として使っているという。

  6. Monetization

    最後のステップはマネタイゼーションだ。ここで重要なのは、ステップ5で触れたロイヤリティーの高い購読者を分析することだ。既存の顧客データと比較すれば、ロイヤルティーの高い読者と商品購入との相関関係が見つかるはずだ。こういった分析から得られた仮説を基に売り込みをすれば成約する確度も向上していくだろう。Content Inc.モデルにおけるマネタイゼーションは商品販売だけにとどまらない。例えばより厳選したコンテンツを用意し有料購読サービスを始めてより深い繋がりを構築するなど様々な手法が考えられる。

以上が、Joe氏が提唱するContent Inc.モデルだが、この6ステップを実践するにはかなりの時間を要する。最低1年、通常は数年かかるマラソンレースだ。だから、この時間を短縮するために既存のメディアを購入するというオプションもあるということを知っておくことは重要だ。例えばカメラを販売するAdorama社は、倒産寸前であった写真情報サイトのJPG Magazineを買収しその購読者30万人を獲得し大きく成長したという。自社の狙う購読者層とたまたま一致したという幸運もあるが、あくまで自前というのではなく、メディア獲得のためにアンテナを張っておくことも重要だ。

今回の講演の内容は、基本的には2015年9月に発売されたJoe氏の著書「Content Inc.」に沿った内容であり、コンテンツマーケティングの未来というよりは、コンテンツマーケティングの今を理解するために非常に参考になる話であった。また書籍「Content Inc.」が実はスモールスタートで始めたベンチャー企業を対象としてコンテンツマーケティングを語っている点にも注意が必要ではあるが、逆にこのことが小さくコンテンツマーケティングを試したい企業には参考になるのではないかと思う。

執筆:三友直樹(コンテンツマーケティングラボ編集長)

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